英語の授業で間違ったことは教えない

英語の授業で間違ったことは教えない

「指導者の言うことは正しい」

 

あらゆる学びの場において、これは絶対的な前提と言えます。
指導者にとって最も根本的に背負わなければならない責任とも言えるでしょう。

 

しかし、もはや当たり前のこと過ぎて、あるいは、まさか自分は間違ったことは教えていないだろうという過信や思い込みから、「正しいことを教えなければならない」という認識が希薄化してしまうことはよくあることです。

 

その結果、「多少間違っていても生徒は気づかないだろう」とか「ちょっと自信がないけれどなんとなくこんな感じで教えておけば大丈夫だろう」などという中途半端な気持ちで場をやり過ごす教師の姿を見ることは少なくありません。(そういう姿勢は眺めていれば伝わるものです。)

 

私たち指導者は、学習段階にいる生徒が指導者の解説や説明が正しいものであるという前提で指導を受けているという根本を決して忘れてはいけません。

 

難易度に関係なく、提供する知識や考え方や方法論などは生徒にとっては新鮮で大切な学びの糧となることをしっかりと意識するべきです。

 

「だからこそ決して間違って教えてはいけないのだ。」
という責任と向き合うべきです。

 

間違いを教えていては学習に重大な支障をきたすばかりか、生徒との信頼関係にも悪影響を与えます。

 

それ以前に、そもそも間違ったことを教えることは指導ですらありません

 

「間違ったことは教えない」という確たる認識は、指導のスタート地点でもあるのです。

 

 

完璧ではないからこそ敏感になり、向上心も生まれる

 

間違ったことを教えないことが重要とは言っても、長年経験を積んだ指導者も人間ですから不十分なこともあります。多くの指導者は英語のネイティブスピーカーではありませんから、知らない単語や参考書や教科書に載っていない言い回しなどに出会うことは珍しくありません。

 

また、ある英文が自然か不自然かという判断に迷うこともあるでしょう。

 

後天的に英語を学び身に付けてきた一般的多数の指導者は、私も含めて自分がこれまでに培ってきた知識や技量の範囲の中でしか教えることができないわけです。

 

しかし大切なことは、知識が足りないと思う部分に敏感になり、これを補完できるよう貪欲に求めることです。

 

他の教員に尋ねる、信頼できるネイティブスピーカーに意見を求める、文法書や英語関連の学術書を読み込むなど、できることはたくさんあります。

 

正しく生徒を導くことができるよう、向上心を持って学び続けてください。

 

 

間違いが露見した最悪の事例

 

信じられない体験をしたことがあります。

 

ある生徒(高校3年生)が大学受験の面接で英語のスピーチをしなければならないと言って、自分で書いた原稿を添削してほしいと私のところに持ってきました。

 

見ると、すでに誰か別の人間が添削した形跡がありました。

 

なんだ、もう他の教員に添削してもらっているではないかと思いつつ、その原稿を読んでみて、私は愕然としました。

 

添削されているはずの箇所の間違いがあまりにも多かったのです。

 

ひどいところでは、生徒の書いたもとの文章が正しいにも関わらず、これを誤りとして、誤りでもって添削していたのです!

 

念のため聞いてみると、やはり他の英語教師に添削をしてもらったとのことでした。
そしてその添削がよく理解できなかったため私のところに持ってきたのだと。

 

添削をおこなったその教師の面子や生徒との信頼関係のこともありますから、どうしたものかと一瞬迷ったのですが、面接も目前に迫っており、やはり間違いを間違いのまま放っておくことなどできません。

 

私はすでに英語教師によって添削された原稿を再び添削するという奇妙な作業を行うことになったのです。

 

これこそ、「なんとなくこんな感じかな」という意識で間違ったことをわざわざ紙に書きつけて教えてしまった最悪のケースです。唯一の救いは、これがクラス40人の目の前で行われなかったことです。

 

これでは生徒は何も学べないどころか、大学入試の面接で英語のできなさをアピールしてしまうことになるところでした。

 

(ちなみに、その生徒は後日無事に合格したと報告に来てくれました。)

 

 

間違えたら誠実に訂正する

 

英語教師と言っても、知っていると思っていた文法を実は誤解していたり、定型表現や熟語などを誤って覚えてしまっていたり、そしてその誤りを正しいと思い込んだまま教えてしまったりすることは十分にあり得ます。

 

かくいう私も経験したことがあるものです。言い間違いも含めて、今でもときどき誤ることがあります。

 

しかし万が一誤って教えてしまった場合には、必ずその場か、遅くとも次にその生徒(たち)に会うときに訂正してください。あれは誤っていた、正しくはこうだと誠実に説明できれば問題ありません。(あまりにもミスの回数が多すぎると問題ですが。)

 

ときには生徒からの指摘で指導のミスが発覚することがあるのですが、それはむしろありがたいことだと受け止めてください。

 

生徒はあくまで生徒であって、指導者の誤りを指摘することはほとんどありませんし、多くの場合、教師は自分が誤って教えていたことに気がつかないからです。

 

指摘してくれた生徒はしっかりと参考書などで学習しているという証ですから、これを褒め、自分のミスを素直に認めましょう。

 

生徒の指摘によって自分の誤りに気が付けることは本当に幸運なことなのです。
誰からも指摘されず、自らの誤りに気が付けないことが最悪のケースです。

 

いずれその誤りは、生徒が自ら参考書で復習をしたり、問題を解いたりしていく中で発覚する時が来ます。先の事例のように、別の教師に尋ねることで露見することもあります。

 

「あの先生は間違いに気づかず教えていたのだ」と思われたら身も蓋もありませんから、そうならないためにも普段から自分の知識には細心の注意を払い、授業の前には予習を正確に行い、指導後にもう一度内容を振り返るようにしてください。

 

個別添削や急な質問のような突発的なことでも、怪しいなと思ったら一旦預かって自分で調べたり他の教師に意見を求めたりして、多少時間をかけてでもいい加減なことを教えないようにしてください。

 

そんな真剣な姿勢を生徒は見ていますし、きちんと自分を導いてくれようとしている教師として信頼もされるものです。

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