留学=英語力の向上か?(前編)
留学で英語力は本当に身につくか?
英語が好きな生徒ほど、あるいは得意不得意に関わらず、英語力を向上させたいと望んでいる生徒ほど、英語圏の国や地域に留学することを希望する傾向があります。
「留学さえすれば英語力は向上できる」と考えている人も少なくないでしょう。
確かに、ある言語能力を伸ばすために、その言語が話されている国や地域に直接赴いて長期間生活した方が、環境的には良いと言えるでしょう。
しかし、留学が英語力の向上を100%保証してくれるかと言われれば、私は自信を持ってYESとは答えられません。
私の個人的な経験から言えることなのですが、「留学=正しい英語を学ぶこと」では必ずしもないからです。
ここでは私の体験を踏まえて、留学による落とし穴や、留学を希望する生徒の対応などについて考えてみます。
なお、本記事(及び関連記事)で扱う留学とは高校生の長期留学のことを指しますが、内容の意図は立場や年齢を問わず英語留学全般に共通しているつもりです。
「身につけた英語」は「身についていない英語」だった
私は高校生時代をアメリカで過ごしました。
三年近く滞在し、現地の学校に通いながら日常生活を送り、卒業もしました。
その間、はじめは英語がほとんど分からない苦しみを抱えながらも、日常的な英語漬けの暮らしを経て、最終的には相当の英語力を身につけることができました。
少なくとも高校卒業時点では、そう信じて疑いませんでした。
事実、確かに英語力は留学前と比べると驚くほど向上していました。
リスニング、スピーキング、リーディング、ライティング、いずれにおいても生活に困らないくらいにはなっていましたし、当時現地で受験したTOEFLなどのスコアにおいても、大学での学びに通用するレベルという客観的数字が手に入るまでになりました。
しかし、人並み以上に身につけたと自負する英語力を持って帰国し、大学入学後に改めて文法を中心に英語を勉強し直したとき、私は自分の英語が絶対的な正しさを持っていなかったことを心の底から思い知ることになりました。
日本の高校で学ぶはずの、いわゆる参考書を用いた一般的な文法学習をほとんど行ったことのなかった自分にとって、大学入学後に改めて開いた参考書の中身は衝撃的でした。
『時・条件を表す副詞節の中では未来のことであっても動詞は現在形を用いる』
果たしてそんなことを意識したことがあっただろうか?いやむしろ自分は副詞節の中でもwillなどを用いていたのではなかっただろうか?
関係代名詞の『制限用法』と『非制限用法』の違いなど、コンマの置き方一つで変わるなど考えたことが一度でもあっただろうか?
英語で書いたレポートは、ただなんとなくコンマを付けたり付けなかったりしていただけなのではないか?
『仮定法』における過去形と過去完了形を、きちんと時間軸を把握して使い分けていただろうか?法助動詞の伝える意味を正しく受け取っていただろうか?
『比較構文』にこんなにも多くの表現方法が存在したことなど知りもしなかったし、知ろうともしなかったのではないか?それなのに何もかも知っている気になっていたのではないだろうか?
・・・・・・
言い出したらきりがありませんが、とにかく帰国してはじめて、身につけたと思っていた英語はどこか物足りなく、正しいと思っていた文法はどこか間違っていて、伝えたと思っていた発言は実は完全に伝わっていなく、理解したと思っていた英語は完全に理解しきれていなかった。そのようなことが無数にあったことを思い知りました。
自分の英語力にはどこか不安定なところが付きまとい、留学したから英語が身についたのだという考えが実は浅はかであったことに帰国後に気が付き、打ちのめされたのです。
その原因は、上述のことからも分かるように、自分の文法力の曖昧さと認識の甘さにありました。
英語はもともと得意科目で、留学前、つまり中学校で学んだ英語には自信があったため、それを基本として一定の英語力を向上することに成功はしました。
ただ、中学英語は大切である反面、基本過ぎて幅狭くもあり、私は、これに加えて高校英語もしっかりと学んでさえいれば、その重要性に気が付いてさえいれば、自分の英語はより高度なものになっていただろうことを認識し、悔しくて仕方がありませんでした。
留学しているのだから、日本の高校で学ぶようなことなど勝手に学んでいけるだろう、などという甘い認識がきっと心のどこかにあったのです。
約三年間に及ぶ英語圏での英語漬けの日々を送っても、日本の高校で学ぶはずの文法項目を網羅した英語学習に遠く及びませんでした。
言いたいことはだいたい書いたり喋ったりすることができる、相手の言っていることはほとんど分かるし、教科書に書かれていることもだいたい読むことができる。
実使用という点では、それはそれで有意義なことですし、留学経験がなければ発音力の向上も含めてそこまでの力は確かに身につかなかったでしょう。
中にはそれで十分ではないかと考えられる方もいらっしゃると思います。
しかし、文法力の欠如による「だいたい」とか「なんとなく」とか「実は違う」という中途半端な現実は、今後も英語を扱い続ける意志を持つ人間として受け入れることはできませんでした。
恐らく、留学を経て私と同じように感じられた経験のある方も少なくないのではないでしょうか。
留学が英語力の向上を100%保証してくれるとは私には自信を持って言えない大きな理由はここにあります。
→後編では、また別の体験を取り上げて、留学で重要な基礎力と、留学を希望する生徒との向き合い方について述べていきます。
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