英語教師は、あくまでも「英語」の指導者である、と自覚する

英語教師は、あくまでも「英語」の指導者である、と自覚する

英語の教師に限りませんが、教職に就いてしばらく経つと、優れた英語教師とそうでない英語教師の二種類に分かれていきます。

 

では、両者の差は一体どこから生まれるのでしょうか?

 

英語教師の仕事に占める「英語」の割合は、信じられないほど低い

 

本来おかしな話なのですが、学校現場は非常に忙しく、英語教師は英語の指導どころではない、というあり得ない状況が日常化しています。

 

担任・校務分掌業務、事務関係書類との格闘、生活指導、長時間の会議、クラブ指導、保護者対応など多くの仕事を教師は抱え、肝心の教科指導は後回しになるばかりです。

 

やっと明日の授業の準備を始められると思ったらすでに夜の7時や8時を回っていることも。身も心も疲れ切ってまともに準備ができず、とりあえず明日の授業の教科書に目を通すだけで精一杯。

 

これではいけないと、授業の準備をしていると、

 

「〇〇さん、暇そうだね。」

 

と管理職から嫌味を言われる始末。

 

誇りを抱いて始めた「英語教師」という職業は、いつの間にか「ただ業務をこなすだけの教師」という認識にすり替わり、授業をすることも単なる日常業務の一つとして埋もれていきがちです。

 

そんな悪循環の中で自分は本来「英語の」指導者であるという自覚が薄れてしまうことは、現場で働く先生なら、ほとんどの人が経験することです。そして諦めの境地に至ることが長く勤めるコツである、というように自分を正当化する人も現れてきます。

 

おそらく分岐点は、新卒で採用された教員なら、20代後半あたりに訪れることでしょう。

 

それでも、あなたは「英語」の指導者である

 

さて、優れた英語教師とそうでない教師との差は、この悪循環の中でも、しっかりと「英語」の指導者としての矜持を持ち続けることができるかどうか、というところにあります。

 

忘れてしまいがちですが、そもそもこれが仕事のスタート地点であったはずです。

 

「初心忘るべからず」という言葉がありますが、無限とも言える様々な業務に毎日追われながらも、

 

常に心の中に英語を愛する気持ちを抱き、頭の中で英語を正しく指導しようとする意識を持ち続けること。

 

これが、教師という仕事における「英語」の指導者としての基本的アイデンティティーであって、良い授業や自分自身の英語力を高めるための原動力です。

 

「英語」の指導者であるという自覚が、その他の仕事との関わり合いを決めていく

 

「英語」の指導者であるという自覚こそが、あなたの多忙な業務との向き合い方を変えていくのです。

 

たとえば、

 

「今日中に一時間じっくりと教材研究をする時間を確保するために他の仕事をどう処理するか」

 

「明日は二時間かけて教材を作る時間が欲しいが、そのために今日やるべき仕事とそうでない仕事を分別しよう」

 

「毎日少なくとも誰にも邪魔されない30分間の自己研鑚のための時間を作ろう」

 

「土曜日の午後にセミナーに参加できるよう計画を立てよう」

 

などの発想や行動に行きつく、といったようなことです。

 

人生は修正し得る

 

どうか、自分はあくまで「英語」の指導者であるという自覚を忘れずに、日々の工夫を積み重ねる意識を持ち続けてください。

 

もしあなたが様々な状況から、「英語」の指導者であることを久しく忘れていたとしても、あきらめないでください。

 

米国建国期の代表的人物であるベンジャミン・フランクリンの墓碑には次のような言葉が刻まれています。

 

ベンジャミン・フランクリン墓碑

 

In a new and more elegant Edition
Corrected and improved
By the Author.

 

若いころ活版印刷の仕事を彼がしていたことになぞらえて、人生は修正し得ると書いてあります。

 

決して簡単なことではありませんが、優れた英語教師を目指しましょう。

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