「英語教師病」という職業病にあえてかかる

「英語教師病」という職業病にあえてかかる

私たちの身の回りには、無数に英語が溢れています。看板、広告、テレビ、インターネット、洋服デザイン・・・この国で生活を送っている中で、アルファベットの1文字も見かけない日はありません。

 

日常会話の中ですら、それが単語であれ文章であれ、カタカナ語として英語は市民権を得ています。

 

英語教師として英語を教えるという業務の枠を超えて、そうした英語につい目を向けたり耳を傾けたりして、文法や語彙使用や意味などの観点から英語として分析してしまう思考に陥ることを私は「英語教師病」と呼んでいます。

 

そしてこの「英語教師病」にかかることを提案します。

 

普通は、意識的に目を向けたり意味を調べたり検証したりすることは多くはない、もはや素通りするだけの英語にあえて意識を向けるようにしてみることは、実はとても有意義なことです。

 

私たちの日常生活の中に溢れている英語は、実践的な英語の使用状況や英語そのものを考えるきっかけに繋がることが多いからです

 

 

 

「英語教師病」が役に立った実例

 

たとえば電車に乗るとドアに“Mind the door”と書かれたシールが貼られているのを目にします。「ドアに注意」の意味ですが、よくよく考えてみると(調べてみると)これはどちらかと言えばイギリスでよく用いられる表現であることに気がつきます。

 

(これをきっかけにさらに調べてみると、イギリスでは同じくmindを利用した“Mind the gap”「(電車とドアの)隙間に注意」がよく駅でアナウンスされていることなどが分かります。)

 

アメリカ英語を中心に学習する日本においてなぜか駅ではイギリス的な表現が電車のドアに貼られていることの面白さに気が付けたことをきっかけに、ではアメリカ英語的な注意喚起の表現が用いられたものはないだろうかと探してみると、駅のホームとデパートでそれを発見することができました。

 

駅のホームとデパートのエスカレーターでは“Watch your step”「足元にご注意ください」というアナウンスが流れているのですが、これこそ注意を促す際にアメリカでよく用いられる表現なのです。

 

逆に、デパートのエスカレーターで“Mind your step”とアナウンスが流れているのは私の知る限り聞いたことがありません。

 

注意喚起の英語が電車の中ではイギリス式、駅のホームとデパートではアメリカ式。他の場所でも様々な英語の表現が用いられていることと思いますが、これらの発見はとても興味深いと思いますし、生徒に指導する際にも「電車に乗ったときやデパートに行った時に確認してみて」とその使用状況と共に伝えることもできます。

 

教科書に書かれたどこか他人じみた英文よりも現実的で生徒の興味を引くことも期待できるかもしれません。

 

 

他にも次のような例もあります。ある有名パスタチェーン店の店先には、その店のパスタを英語で紹介する立て看板が置かれています。

 

入店前の待ち時間の暇つぶしにと思って読んでみたところ、ある間違いに気が付きました。本来であれば文法的に“your”でなければならないところが“you”となっていたのです。100語ほどの文章だったと記憶していますが、この一箇所だけ英語が間違えていたのです。

 

これは面白いと思い、翌日早速生徒に「あの店の英語の看板には一箇所文法的誤りがあるから探してみよう」と言いました。

 

宿題というわけではなく、ほとんど冗談で言ってみただけだったのですが、律儀な生徒は後日わざわざその看板を確認して「先生、“you”じゃなくて“your”ですよね?」と報告に来てくれました。

 

文法の問題集や大学入試問題には、文法的な誤りを指摘させる問題がよくあります。それほど高度なものではありませんでしたが、街中の看板から誤り指摘問題が出題できることになろうとは思ってもいなかったのでとても楽しい発見となりました。

 

日本国内に散在する看板や広告には、文法的間違いや、文法的には成り立つけれど意味が不自然な英文を含んだものが少なくありません。(そういうおかしな英語の書かれた看板や広告ばかりを集めて笑いのネタにした書籍も出版されているくらいです。)

 

だから「全てが正しいと思って読んではいけない」と生徒に伝えることはとても重要です。その意味でも上記のパスタ屋の看板は良い例となりましたし、さらには「この文章は何がおかしいか」を考えさせる教材として使えることにも気が付くことができました。

 

自分自身の学習材料としても大いに役立つ場合も少なくありませんから、身の回りにあるあらゆる英語に意識的に目を向ける癖をつけてみてください。

 

そのような姿勢が生徒にも伝われば、彼らも日ごろから英語に目を向ける癖が身に付きます。

 

 

英語を楽しむ指導者でいること

 

指導者も学習者も含めて、私たちはもはや英語から逃れることはできないと言っても過言ではありません。アルファベットやカタカナ語を抜きにして日本語で言語活動を行うことはもはや不可能に近いほど困難な状況です。

 

だとすれば、身の回りの英語を素通りせず、積極的に向き合って楽しみながら今の世の中を生きることを目指してみても良いのではないでしょうか。

 

職業病と言うとあまり良い響きではないかもしれませんが、英語という言語そのものを仕事の中心に置く指導者こそ、そういうスタンスでいるべきではないかと感じられてなりません。

 

いつでも英語に目を向け、向き合い、楽しむ姿勢を生徒にも感じてもらい、また彼ら自身にも英語を楽しんでもらえるような指導者でいてください。

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