英語の文法指導は心理の指導
今一度「文法」と向き合う
別項(「英語文法を考えるスタンス」の記事はこちらをクリック)で、英語の歴史的な観点から、文法は時代と人々の歩みに伴って変化するものであること、だからこそルールとして固定化されるものではないこと、そしてそのことを受け入れる柔軟な姿勢が大切であることを述べました。
それに関連して、ここでもう少し「文法」について考えてみようと思います。
後天的に英語を学習する方々が、英語を英語として読み解こうとするために、文法を理解することは絶対条件です。
文法の理解なくして英語を理解することなど不可能と言っても過言ではないでしょう。
しかし、別項でも繰り返し述べたように、「英文法はルールである」というのはとかく勘違いされがちな考えであり、文法はルールなどではないのだということを、まずは改めて強調しておきます。
grammarの語源を見つめてわかること
そもそも「文法」を意味するgrammarという単語を調べてみると、とても面白いことがわかります。
grammarはギリシャ語に起源を持ち、その原義は「書く技術」でした。
読み書きができないことが普通であった古代では、文字そのものや文字を読める人は神聖な存在とされ、文字を扱う技術は「神秘のなせる技」として崇められ、やがてそこから「魔法・魔術」という意味を持つようになります。
つまりgrammar=「文法」とは、「言語を操るための魔法の道具」として理解されていたのです。
英語を瞬時に身につけるための魔法の教材や、それを可能とする魔法使いのような指導者は存在しません。
しかし文法そのものは、それを身につけさえすれば「読む・書く・話す・聞く」のあらゆる能力を開花させてくれる魔法となり得るということではないでしょうか。
さて、このgrammarという単語ですが、どこかで似たような印象の単語を見た覚えはないでしょうか?
glamourという単語がありますね。
これは日本語でも「グラマーな女性」などと言うように、「魅力」を表す単語ですが、じつはこれはgrammarと同じ語源であり、18世紀にスコットランドの詩人たちによって生み出された単語です。
そして同じくスコットランドの有名な小説家ウォルター・スコットが小説で用い、広く知られるようになりました。
glamourが「魔法で彩られたような人並ならぬ魅惑の存在」を意味するようになったのは19世紀半ばのことですが、ここで面白いのは、二つ目のアルファベットがそれぞれ“l”と“r”になっている点です。
日本人が“l”と“r”の発音をなかなか聞き分けられないように、昔のヨーロッパでも聞き間違えることがあり、その聞き違いからこのようなスペルの違いが生まれたと言われています。
人々の歩みに沿って言語は変化すると主張してきました。
単語レベルで見ても、grammarという単語自体、すでに解釈が変化し、あるいは勘違いから別の単語を生むなど、不安定な歴史を辿ってきているのです。
現代英語における単語の変化
言語の変化を生み出す要因は、単純な解釈の変化や勘違いによるものだけではありません。
科学技術の発展や文化の特質など、社会的背景に左右されることも大きな要因になります。
現代英語における、つい最近の単語変化の面白い例として、次のようなものがあります。
friendという単語ですが、これは「友達」を意味する名詞でしかありませんでした。
ところが社会のIT化に伴うSNSの普及により、
He friended me on facebook.「彼はフェイスブックで僕を友達リストに加えてくれた」
という具合に、名詞でしかなかったはずのfriendは「友人リストに加える」という意味の動詞として発展を遂げ、さらにその否定形であるunfriend「友人リストから削除する」という新語まで生まれ、これが2009年には『新オックスフォード米語辞典』においてWord of the Year「今年の単語」(流行語大賞のようなもの)にも選ばれました。
これは現代社会ならではの語法の変化と言えるでしょう。
もう一つ例を挙げておきます。
American Dialect Society(アメリカ方言学会)が毎年発表しているWord of the Year(今年の単語)もあるのですが、この2015年のWord of the Yearに選ばれたのは、theyでした。
これはeveryoneを受ける代名詞として、
Everyone loves their family.「誰もが自分の家族を愛している」
のような文脈で広く用いられたことから選ばれたのですが、ご存知の通りeveryoneは意味としては複数の名詞であっても、文法的には単数扱いする単語です。
したがって、伝統的にはeveryoneを受ける代名詞はhisやherでなければならないのですが、男女平等や性の多様性という社会文化的背景から差別的であるとされ、中立的なtheirが代用されるようになったのです。
つまりこのtheirは単数形なのです。
これも、現代ならではの語法の変化と言えます。
動詞の(un)friendも単数形のtheyもあくまで流行語であり、これらの使い方が数十年、数百年の長い時間の中でどれだけ定着するのかは分かりません。
一時的な、ごく短期間の流行として近い将来には姿を消すこともあり得ます。
しかし大切なことは、繰り返し述べているように、言語は人間の抱える社会的背景などによって変化を繰り返すものであることを心に留めておくということです。
「ルール」であるとして、凝り固まった考えに縛られてしまってはいけません。
discussはaboutなどの前置詞を取らない他動詞であり、talkはaboutを取る自動詞であるなどという語法を指導する際にも、現にdiscuss aboutやtalk Oといった使い方が少なからず見受けられるところを見ても、私たち指導者は英語の変化にはしっかりと目を向け、その時々に応じて、必要とあらば変化を受け入れていかなければなりません。
それが、現代に生きる英語を適切に指導することにもつながるからです。
文型の変化
文型についても簡単に見ておきましょう。
現代英語は日本語と違って語順が常に決まっています。
いわゆる5文型のパターンで英文は作られるのですが、昔の英語では日本語で言うところの助詞に相当するような形に単語が活用していたので語順はあまり問われませんでした。
今では、例えば代名詞が人称・数に応じてI-my-me / you-your-you / she-her-herのように格活用しますが、当時は代名詞だけではなく、普通の名詞も人称や数、さらにはフランス語やドイツ語のように性によっても格活用していました。
そのため、現代英語ではJohn kicked Tom.とTom kicked John.では意味が逆になってしまいますが、昔の英語では日本語の「~は」「~を」といった助詞に相当するような形に名詞が活用していたため、語順が違っても同じ意味を表す英文を作ることができていました。
「ジョンは/蹴った/トムを」も「トムを/蹴った/ジョンは」も、語順は違っても基本的な意味は同じですね。それと同じようなことが英語でもできていたのです。
動詞についても同じです。主語がなくても「誰が」それを行うかということが分かる形に複雑に活用していました。
ところが主語を文頭に置いて主体を明示する傾向が強まり、さらに主語の右側が述語動詞の領域であるという認識も高まり、動詞を活用することはあまり意味を持たなくなっていきました。
結果的に活用は衰退し、三単現のs/esなど一部の活用が当時の名残として残っている以外は、今ではほとんど残っていません。
(これを知っていれば「なぜ三単現の動詞にs/esがつくのか」説明できますね。)
英語が語順を重んじる言語となったのは、このように活用が衰退した分、語順で意味を判断する言語になったからです。
5文型の形で単語を並べるという形に行きついたのにはこのような背景が関係しているわけですが、結果的に英語は活用の複雑さをなくしたぶんシンプルさを得た一方、文として形の柔軟さを失ってしまった言語であるとも言えます。
この見識もまた、英語の語順の大切さを主張する上では、指導者に深みを与えてくれる知識となり得ると考えます。
文法指導は心理の指導
別項でも述べた通り、言語が先にあり、それをあとから体系的にまとめあげたものが文法です。
言語が先にあるということは、そこに必ず人間が存在しているということでもあります。そして人間が存在しているということは、そこには必ず文化や人の心が存在しているということです。
上に述べたような語法や文型の変化はまさにその証拠です。
その時代における英語圏の文化、環境、生活様式、社会に生きる人々の心理が形となってあらわれた言語の姿こそが文法であり、その姿を私たちは眺め、受け入れ、学び、教えているのです。
日本語や他言語についても同じです。
春夏秋冬のある日本には季節に関する言葉がたくさんあります。しかし年がら年中夏の国に「冬」や「雪」という言葉があるとは限りません。
日本国内でも、寒さを表すために沖縄には存在しない言葉が北海道にはあるでしょう。
牛を神聖な動物とする宗教を信仰する国では、「牛」を表現するためだけに数百もの単語があると言います。
その土地に生きる人々の心が、環境への感じ方や暮らしぶりが、あるいは信仰心が言語となり、それがある一定の規則のようになり形作られたものを分析したものが文法なのです。
その意味で私たち指導者は、文法指導を通じて人の生きざまや心理を教えているのです。
どうかそのことを深く理解して、「ルール」としての機械的なものではなく、心に触れるあたたかみのある言語として英語を指導してください。
そして人の心を通じて英語の、言語の面白さを生徒に味合わせてあげよう、そんな姿勢で英語と向き合ってみてください。
それこそが、魔法のような魅力ある指導につながるのではないでしょうか。
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