ネイティブスピーカーと英語文法力2

ネイティブスピーカーと英語文法力2

前項(「ネイティブスピーカーと英語文法力1」の記事はこちらをクリック)で英語ネイティブスピーカー講師はどこまで頼れるか、というテーマのもと、知識や方法論の欠如した講師のもとでは学習者の英語力が向上しないリスクがあることをお話ししました。

 

英会話学校などにおいて、ネイティブ講師に知識は必要なのかと疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれません。
重要な会話表現や本場の発音などを繰り返し指導してもらえればいいではないかと。

 

確かにネイティブ講師に指導を仰ぐにあたって、それらの点は非常に重要です。

 

しかし、そこには一つ大切なポイントが抜け落ちています。

 

それは、学習者が文法を理解したうえでネイティブ講師に指導を仰いでいるかどうか、ということです。

 

 

文法力に基づいた学習と訓練を

 

英語習得の下敷きになる文法力を差し置いた学習や訓練は効果的ではありません。
ある表現や言い回しを覚えることはできても、その理屈が分からなければ本当に理解することも、応用をきかせることもできないからです。

 

 

ここで、文法をきちんと学習してきた人が英会話学校に通った場面を想像してみてください。

 

ネイティブ講師から「そんな言い方はしないよ」、「こう言った方が自然だよ」などと指摘されたとき、おそらくその学習者の方は、その指摘を受け取ることはもちろん、自分の文法の過ちに気付き、修正し、より正しい英語を学ぶことができるようになるでしょう。

 

たとえその講師が文法を抜きにして自分のネイティブ感覚で指摘しただけであったとしてもです。

 

逆に文法知識がなければ、何がどう間違っているのか、より自然だと指摘された英文がなぜ自然なのかを英語の仕組みとして理解することはできません。

 

それ以前に、そもそもその指摘すらきちんと受け取り理解することもできない可能性すら危惧されるのです。

 

知識と指摘を比較し、修正することによって理解は深まります。何も比較するものがなければ何も分からないままです。

 

英会話学校に通うとしても、文法知識を事前に持っているかいないかによって結果は大きく変わってくるということです。

 

事前に一定の文法力がなかったとしても、通いながら理解を促してくれるような指導者がいれば良いのですが、前項でも述べたように、その点においては日本人講師の方が有益です。

 

 

ネイティブスピーカーの文法力の獲得

 

文法は大切だといくら主張しても、「英語ネイティブは文法など意識していないのだから我々日本人が英語を学ぶ場合も文法など必要ないではないか」という発言をする人がいます。

 

ひどい場合には、「日本人は文法ばかりやっているから英語が話せないのだ」などという声さえ聞こえてきます。

 

これは私に言わせれば、明らかな冗談を真顔で言っているようなもので、まるで笑えません。

 

 

私たち日本人が国文法を意識することなく日本語を話しているように、英語のネイティブスピーカーが英文法を意識しないのは当然のことです。

 

それは、私たちは国文法を、英語のネイティブスピーカーは英文法を今日までの言語習得の過程において意識する必要がないまでに頭と身体に染み込ませているからに他なりません。

 

文法を意識していないのは、意識する必要すらないほど十分に体得しているということであり、文法を無視しているのでは決してありません。

 

だからこそネイティブスピーカーは、学問として文法を学ばずとも「そんな言い方はしない」、「こう言った方が自然だ」などと指摘できるわけです。

 

 

誤解される方も多いのですが、だからと言ってネイティブスピーカーは文法指導を受けたことがないわけではありません。

 

学問としては深くは学んでいなくても、小さな頃から英語ネイティブスピーカーも私たちも自分の言葉の文法指導はきちんと受けているのです。

 

例えば、小さい子どもが朝起きてきて、そのときお父さんはすでに仕事にでかけていて家にいない場面があるとします。その状況について子どもは「パパ おしごと いく」のように、どうにか知っている単語を使って説明しようとします。

 

そこで母親は、「そうだね、パパはもうお仕事行ったね」などと言い直します。
これを聞いて、過去のことについては「行く」ではなく「行った」と言うのだと子どもは学びます。

 

これが英語の場合、子どものDaddy go work.に対してYes, daddy has gone to work.のように母親による訂正が行われ、この瞬間に現在完了形や前置詞の使い方などが頭の中に入るわけです。

 

小さな子どもは大人の言葉の使い方を真似て表現しようとするのですが、やはり文法的に間違えてしまうために、その都度周りの大人から訂正されながら、正しい文法力を身につけていきます。

 

周囲の大人たちによる指摘だけでなく、本を読んだり、テレビの音声を聞いたりすることなども併せて、自然な言葉の使い方を学んでいきます。

 

これが幼い頃から受けてきた文法指導であり、これによってほとんど無自覚に自然な言葉の使い方を学んでいるからこそ、先にも述べたように「そんな言い方はしない」、「こう言った方が自然だ」などと指摘できるのです。

 

ですから、文法を意識しないから学ぶ必要はないなどという理屈はまったく成立しないのであり、一秒でも早く絶滅してほしい理屈だと私は考えます。

 

後天的に英語を学ぼうとする私たちノンネイティブスピーカーは、周囲にいつでも誤りを訂正してくれる人もいないため、意識した文法学習を取り入れざるを得ないのです

 

 

子どもと母親のやり取りの例でも分かるように、簡単な日常会話においても英文法は確かに呼吸しています

 

したがって、英文法を軽んじる者は英文法に泣かされる。それが第二言語として英語を学ぶ者の常だと認識し、文法を大切に扱う姿勢を持ってください。

 

 

意識的な英文法を無意識レベルに持っていく

 

確かに日本人が昔から英文法を主体とした学習をやっているにもかかわらず実際に英語力が向上していないのは事実かもしれません。

 

これによって、文法学習に対する批判の声が上がるのも当然のことでしょう。

 

しかしその批判は、「文法を学んだのだから技能も向上していなければならない」、という誤った認識に基づいてしまっています。

 

「楽譜が読めるようになったのだから楽器も弾くことができなければならない」とか、
「競技のルールを学んだのだから優れたプレーヤーであるはずだ」などと言われれば、それはおかしいと誰もが思うでしょう。

 

そして「いやいや、練習していないのだから」と反論するでしょう。

 

「知識の獲得」と「技能の向上」の間には必ず「訓練・練習」が入り込まなければなりません

 

これを行わずにいきなり知識が技能に結びつくはずはないのです。

 

つまり英語教育においては、文法学習それ自体を批判するのではなく、その先にあるはずの、しかし抜け落ちている「せっかく身につけた文法を4技能に生かすための訓練」が見落とされてきたことを批判しなければならないのです。

 

 

中学や高校で学ぶ文法を生かした訓練を積めば、高度で実践的な英語が使えるようになることは間違いないと私は確信しています。

 

複雑な学術論文を読むことも書くことも、学会や会議の場で上質な英語を聞くことも話すこともできるようになるのです。

 

実際に訓練によって、留学をせずとも、ネイティブスピーカー講師に頼らずとも英語力を達人レベルにまで向上させた多くの方々がそれを証明しています。

 

私たち指導者は、意識的に獲得した英文法の知識をどうすれば無意識レベルで使いこなせるようになるか、その方法を模索し、生徒たちに提示し、実践させなければなりません

 

ここでは訓練方法を取り上げることはしませんが、少なくとも、知識を教えることばかりに終始して、訓練については「とにかく恥ずかしがらずにどんどん喋りましょう」、「とにかくたくさん音読だけはやりましょう」、「やっていれば慣れていつかできるようになるから」、「ネイティブスピーカーの先生と話していれば話せるようになるから」などとまるで方向性の見えない神頼みのような発言を指導と呼ぶことだけは間違ってもしないようにしてください。

 

それで英語が本当に身につくのであれば、指導者などそもそも必要ありません。

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